第 12 話は前話までとの流れに少なからず断絶を覚え、歩夢のセリフを拾っていくのに難儀しました。ひっかかったのは結局一つだけでしたが。それでもその一つの英語は大きかったように思います。放送時に読めていれば本エピソードの印象も少しは違っていたかもしれません。
"Blossoming Feelings"
エピソードタイトル、「花ひらく」の訳に blossom が使われていることに関して書きかけたのですが、毛色が少し違うために別立ての記事にしました。
Be mine
- 歩夢
- だから、私だけのゆうちゃんでいて
- So... Please just be mine.
ええぇ……。前回の感想で長々と belong について述べたのに、一週経ったらあっさり訳が変わっていて拍子抜けです。
'belong to me' と 'be mine' の 2 フレーズで印象ってどう変わってくるんでしょう。当然意味は同じだと思うのですが、ニュアンスまでほぼ一緒なのかな。未だ勉強中の身の印象としては mine はそれほど響かないのですが。ひょっとして belong to に私が大きく揺さぶられすぎましたか。
Ladies
- かすみ
- みなさん。いよいよ、かすみんたちの大いなる野望が、現実のものになろうとしています
- Ladies, our great ambition is finally about to become a reality!
もう一つ、本筋とは関係なさそうな箇所を引いてきました。呼びかけは “~ and gentlemen” ではないんだなと思った一文です。
以上!
……。
嘘です。
近年では「みなさん」の呼びかけに "ladies and gentlemen"(紳士淑女のみなさま)を使わない傾向にあると知りまして、ちょっとだけ気になったセリフなんですよ。
ここは同好会の中ですから、ジェンダー事情を踏まえるなら使うべきは "club members" でしょうか。でもまあ、不特定に話しかけているのではなく特定メンバーに向かってですから、この場は ladies でも構わないのでしょう。かすみんは畏まった古めかしい表現をわざわざ選んできているのですから、時代遅れ的なものの方がより馴染むと言えるのかもしれません。
それはともかくとしまして。ここに lady しかいないのって(メタ視点において)偶然などではないのですよね。
彼女たちの物語を紡ぐに際し、世界の一部をバッサリカットすることで得られるメリットは確かにあります。ええ、それも多分とても大きいんだ思います。私だってそのコンセプトを受け入れた上で楽しんでもいます。ですがこういったセリフが目に入ると、ふとモヤることがあるのですよ。うまく言葉にできないのですが……。
自分の中で答えが出そうにないので普段はあまり気にしないようにしていますし、今回も保留のままフタをすることになるのですけれども。(オチはありません。いつか自分なりの落とし所を見つけたいとは思っています)
Leave your side
- 歩夢
- 離れたくなんて、ない
- I don't want to leave your side.
- 離れる (自下一) (三) 〈なにカラ―/なにト―/どこ・なにヲ―〉あるものとの(から)関係がとかれる。 (新明解国語辞典 第七版)
- leave [動] (他) 2 〈人が〉〈人〉のもとを去る (ウィズダム英和辞典 第 3 版)
ではお話に入っていきまして、アバンの二人の気まずいやり取りの最後から、歩夢の心の声です。
日本語の「離れる」は主に相対関係を見ており、人同士が離れる場合には自分が離れて行くのか、相手が離れて行くのか、それとも両方が動くのかが分からない形です。
前話の最後では新しい道へ進みたいと告げる侑ちゃんと、話を聞こうとしない歩夢がいました。その流れを汲むと、ここのセリフも離れようとしているのは侑ちゃんであるかのような印象を受けます。
ですが実際には歩夢自身も動き始めていて、その自分を受け入れること も 不安に思っていたのが真相でしたね。
冒頭に出てくる心の内の声。それも決意ともなれば、そのエピソードの進む方向を示す重要なセリフだと思うのです。それなのにここまでの情報提示が不十分なため、ミスリードになってしまっているのが問題だったように思います。
ところが英訳は「離れる」に leave を使っているんですよね。同じような意味で使われる言葉でも、こちらは明示的に目的語を取り、主体が動くことが示唆されます。私が動くことでゆうちゃんの元から離れて行く結果になりたくない。そんな感じの意味ですよね。
前話が侑ちゃん側の離れていこうとする話、今回のセリフが歩夢の離れる話と見るなら、幼馴染問題決着へ向けてのバランスは原文より多少マシになっているように思います。正反対のセリフで前の話を受けることになるのでやはり唐突感は否めませんが、せつ菜にこぼしていた歩夢の告白まで本人側の話が一切なかったのは、さすがに話運びに無茶を覚えましたから。
本放送時にこのラインだけでも英訳を読むことができていたら、第 12 話の感想ももう少し違っていたかもしれません。
Something
- せつ菜
- 何かあったんですか
- Did something happen?
- something [代] 1 b 【疑問文・条件分などで】何か、(…な)こと [もの](通例 anything を用いるが、肯定的応答が期待される場合や、特に勧誘や依頼などに用いられる) (ウィズダム英和辞典 第 3 版)
せつ菜が侑ちゃんを心配するシーン。
このセリフは「何か」の有無を尋ねる形こそしているものの、その実「何かがあったんですね」と "有" を確認をする、または「何 が あったんですか」と詳細を聞くモノですよね。心配して様子を尋ねるおりに遠回しにアプローチするやり方です。事情を詳しく知らない者がいきなり踏み込んで行くのははばかられますから。
ですから日本語、原文では普通の疑問と全く形が変わりません。話者がどういった意図で聞いているのかは文脈や話しぶりでしか判断できなくなっています。
一方で英語には something が使われていました。*1 これは yes が返ってくる前提の疑問文ということです。
ほう。確信までいかなくても答えを予想している体ということは、英語は一歩踏み込んだ心配の仕方をするんですね。気遣いが日本語とは違っていて興味深いです。
- 侑
- 本当に大丈夫だって
- Really, we're fine.
- せつ菜
- そうですか
- If you say so...
侑ちゃんに誤魔化されたときの返事もやはり少し違っていて、(全く納得できていなくても)日本語は一応納得の形で返していますが、英語では "If you say so"(そうおっしゃるなら(これ以上は踏み込みません))と自分のスタンスをはっきり伝えています。
大丈夫だと言い張る相手を尊重して同じように手を引くのでも、そのやり方が違ってくるんですね。
I can't
- 歩夢
- 止めちゃいけない。我慢しちゃいけない
- I can't stop. I can't hold back.
- 歩夢
- 止めちゃいけない。我慢しちゃいけない
- ...we can’t stop. We can’t hold back. (第 1 話より)
ここからクライマックス、歩夢の表情が切り替わるセリフ回想です。
もともとの第 1 話では、歩夢はゆうちゃんに向けて思いを語っており「二人について」の話をしていたため、英語訳の主語は "we" でした。回想ですから原文は当然同じセリフです。
でもこのエピソードの中では「我が事」として思い返しているので訳が "I" に切り替わっているんですよね。
これは吹き替えでは起こらないだろうと思われる現象です。登場人物に英語のセリフを喋らせるなら、回想でもやっぱり同じセリフじゃないとマズいでしょう。そうはなく、日本語で喋っているセリフの意味を発言者の意図まで含めて訳すから、同じ言葉のはずなのに英語が変わるんだと思います。
表示スペースの問題があって、吹き替えに比べると字幕は詰め込める情報量が少なくなるとも聞きます。話者の言いたかったこと(厳密にはライターの意図)を伝えるのに様々な工夫がなされているんですね。一対一の機械変換では成り立たないのが分かるセリフでした。
Awakening Promise
- awakening [形] 目覚めつつある〈感情など〉;覚醒させる[目が覚める]ような
- promise [名] 1 [C] 約束 / 2 [U] (前途の)見込み、有望;気配、兆し
挿入歌のタイトルを打とうとして 'Promise' が単数形なことに初めて気づきました。冠詞がついていなかったから勝手に複数だと勘違いしていたようです。(この手の思い込み多いから気をつけないと)
さて、タイトル等では an や the が落とされることも多いため、これだけでは promise が可算名詞 [C] か不可算名詞 [U] かの判断がつきませんね。歌詞で「交わす約束」などと歌っている以上は、タイトルの promise も可算名詞の「約束」と受け取るのが妥当でしょうが――。
2 つ目の不可算名詞の意味も悪くないですね。誰かと交わす約束ならそれ自体は良くも悪くもないニュートラルな単語ですけれども、こちらの「見込み」「有望」は明らかにポジティブなイメージ。そのまま行けば "そう" なると「約束されたもの」のことです。
目の前がひらけて前途の明るい様子が今の彼女にぴったりかもなあ、なんてことを思いながら 12 話の余韻に浸りました。
*1:疑問文・否定文では anything を使いなさいとだけ学校で習った覚えがありますから、例外的な使い方になるんでしょうね。