アニガサキ Ep10 "Summer Begins."(英語字幕)感想

本放送時に上げた感想では音楽室のシーンに触れませんでしたが、思い返すと非常にもったいなかったですね。判断ミスです。

ここはせつ菜の感謝「私の大好きを受け止めてくれてありがとう*1」からの会話が分岐しており

  1. ファンとして思ったことを伝えただけだと侑ちゃんは返し、さらに自分はステージをこう見ていると告げる → せつ菜が視点の違いを指摘する
  2. (せつ菜が最初にしたかったであろう)今度は侑さんの大好きができたらの話

と、(1) 侑ちゃんが新しいライブを提案することになる前提の部分と、(2) 侑ちゃんの新しい夢の下地の 2 つが同時進行しています。本エピソード時点では 2 番目が音楽への道だとはっきりとは示されていないこともあって、初見だと少々把握しづらいかもとは思いました。

最終回まで知った上で今回読み直してみて、印象がかなり変わりましたよ。

Aidea / Nyat bad / Eggstravaganza

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

愛  : Then how about hearing out my aidea? / だったらさ、愛さんのアイデア乗ってみる?
愛  : Ai and idea, get it? / 愛だけにね

まずは今週の愛さんのダジャレから。サクッと入りましょう。

idea が外来語としてそのまま日本語になっているのでストレートな訳ですね。欲を言うなら「アイさんのアイデア」のリズムがあると良かった。英語で "Ai-san's aidea" では表現が重いんでしょうかね。自然な形としてはやっぱり my なのかなあ。

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

しずく : Twenty-two points is nyat bad! It's cute! / 22 点でニャンニャン。可愛いじゃん

このエピソードではしずくちゃんも言葉遊びをしていました。

「22 点でニャンニャン」はちょっと訳が厳しいですか。ここは話の流れでかすみんのテスト結果に言及しなくてはいけませんし、身振りを伴っているためにダジャレが「猫」縛りになっているのも難しいところです。よく訳してあるとは思いますけれども、その点数を "not bad" と言うにはいささか無理がありませんか。下手をすると赤点では。

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

しずく : Then why don't we also make omelets, fried eggs, and egg sandwiches so we can have a full-on eggstravaganza! / だったら、オムレツと目玉焼きとたまごサンド作って、たまごパーティーにしませんか

  • full-on [形] 最高の (ジーニアス英和辞典 第 5 版)
  • extravaganza エクストラバガンツァ《狂騒的音楽劇》;(一般に)狂騒劇;豪華絢爛なショー (O-LEX 英和辞典 第 2 版)

こちらは原文に入っていないダジャレだったので不意を突かれて吹き出してしまいました。egg(s) と extra- を上手に掛けてありますね。

調べて初めて知りましたがこれはミュージカルの種類を指す用語なのかな。ならばしずくちゃんに馴染みのある語だと言えるでしょう。自然な感じに得意分野から展開するあたり、もしかしたら愛さんよりダジャレが上手いかもと感心するところなのですが……。

我が同好会にはダジャレ判定器がいるはずなんですよね。沸点の異様に低い侑ちゃんが話に加わっているのに、シャレに反応しない状況がここに出来上がってしまいます。少し気にかかるかなと。

思えば第 1 話での侑ちゃんと歩夢の会話で、"Ayu-bun" の流れから "I'm feeling buns." もダジャレでしたね。気づかずに褒めてしまっていますが、第 4 話でダジャレをアレコレ考えた後だとやっぱり引っかかるシーンに思えてきます。

エスプリを効かせた訳は本来なら喜ばれるものです。ですが思わぬ瑕疵の元になることもあると思うと、慎重に扱わないといけないのでしょうか。やっぱり難しいですね。*2

May have adjusted / Sleepy

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

彼方 : I may have adjusted the flavor a bit. / ちょっと味を調整したんだ

続いて今週の彼方ちゃんを二つほど。

まずはせつ菜の料理にこそっとアレンジを加えていたと言うセリフから。不思議な、というか私がそのニュアンスを掴みきれない英訳です。

原文からそのまま訳すなら "I have adjusted..." または "I adjusted..." と may 無しでいいはずなのです。どうしてこの助動詞が入ってるんでしょうね。"may have p.p." は過去に対する推量ですから、反訳するなら「私がちょっと味を調整したかもしれない」とかでしょうか。

これは自分の行為で、しかも過去の事柄です。うまく行ったその結果まで判明しているのだから、はっきりと言いきれるはず。なのにそこに推量や可能性を表す may をわざわざ放り込んだ意図とは。

実はですね、訳を見たとき何かにふわっと包まれているような喋り方だなと思ったんです。聞いて(読んで)いてもはっきりとは輪郭が見えてこないので、その座りの悪さに妙なくすぐりを覚えるなと。

むき出しでは語らず、自分のことでもワザとぼかして言う様子。彼女の個人回・第 7 話の感想でも述べましたが、この迂遠さってまさに彼方ちゃんじゃないかなあと私は思ったんですが――実際のところは何の may なんでしょうね。

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

エマ : Is Kanata-chan sleepy? / 彼方ちゃん、すやぴかな?

こちらは本人のセリフからではないのですが、彼方ちゃんが好んで使う独特な表現をピックアップしてきました。

sleepy は一般に使われる形容詞ですから、英語だけを見るなら何の変哲もない訳文に思えます。ですがその元語が「すやぴ」であることを鑑みると俄然光だす訳だと思いませんか。

「すやぴ」は快く眠る様子の「すやすや」と……「ぴ」は何でしょう。私には動作の完了を表す接尾語に感じられます*3 が、 ピクシブ百科事典には寝息を表す語だろうとありました。 寝息か何かを表すものだとしても、単音で語尾に付く様子は変わりませんね。英語で名詞を形容詞化させるとき、語尾に -y を付ける作りをそのまま連想させます。

その訳に持ってくるのが、音も、成り立ちらしきものも近い "sleepy" とはナチュラルで上手いですよね。これほどシンクロする言葉が存在するのは偶然でしょうけれども、しっかり拾ってくるあたりが凄いです。

Let myself be crushed

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

せつ菜 : If you didn't say those things to me back then, / 侑さんの言葉がなかったら
せつ菜 : I wouldn't have been able to shout out my love and I'd have let myself be crushed. / きっと大好きを叫べないまま、自分を押し殺して生きていました

  • おしころす【押し殺す・圧し殺す】 (2) 感情や息などを努力しておさえる。こらえる。 (スーパー大辞林 3.0)
  • crush [動] (他) 1 〈人・物などが〉〈物〉を押しつぶす 3 a 〈希望など〉をなくさせる;…を打ち砕く (ウィズダム英和辞典 第 3 版)

さてここから音楽室のシーン。せつ菜のターンです。まずは侑ちゃんへの感謝の言葉から。

以前のせつ菜は周りの期待を聞き、それに応えようとし、自分の大好きを諦めるところでした。彼女の大好きが、ここで言う期待と(結果的に)トレードオフの関係になっていたのが問題なのでしたね。せつ菜は「期待」を選択しようとしていました。で、それを彼女がどう表現しているか。

原文が「自分を押し殺して」いただろうとなっているのに対し、訳文は "let myself be crushed"(押しつぶされるにまかせていた(だろう))です。とてもよく似た表現ではありますが、話者・せつ菜が自分の状況を捉える前提が全く違っていて、それが滲み出ているのが実に興味深い。

「押し殺して」は能動的な我慢のことです。放っておいたら勝手に出てしまう「自分」を外に出てこないようにと自身で押し留める行為。「期待」のほうが大事だと判断したから、自分からはたらきかけています

でも英訳には自分がはたらきかける suppress(〈感情など〉を抑える)を使わないのですよね。

"let myself be crushed" は受動態なのでせつ菜はアクションをかけていません。明示されてはいませんけど、抑えるはたらき手は「期待」でしょうね。周りからの期待に圧力負けし、潰されそうになっていた。自らはあらがう側だったと受け取れます。

これは多分、集団では和を尊重し我は抑える傾向にある日本と、集団で埋もれないために主張するのが当たり前の文化との違いだと思います。そこで侑さんに助けられた話の流れは一緒でも、全く同じようには物事を見ていない。その差異に面白さを感じました。

Whenever, whatever

せつ菜 : Whenever you find the thing you love, please allow me to support you. / いつか侑さんの大好きが見つかったら、今度は私に応援させてください

侑   : What I love? / 私の?

せつ菜 : Yes! Whatever you end up loving. / はい。侑さん自身の、大好きを

ここのせつ菜は when と what でもコトが済むんですよね。それを「〜の時はいつでも」「〜が何であったとしても」と強勢を受ける -ever が付けてあります。いかにもせつ菜らしい、他人の「大好き」に対しても敬意と熱量を感じさせる訳で、今回のエピソードでも好きな箇所です。

締めがただの "whatever you love" でなく、「最終的に〜することになる」と訳される "end up" を使っているところも同じようなニュアンスですね。「自身で考え、悩み、その先に見つけたのであれば、たとえ何であったとしてもそれは侑さんの大切なもの。私は全力で支持します!!」そんな副音声が聞こえそう。

一度は諦めかけていた「大好き」を取り戻したせつ菜は、貫くことの大切さと、またその難しさをどちらも痛いほど知っているはずです。この重く真っ直ぐなせつ菜の言葉は、踏み出しきれていなかった侑ちゃんの最後の一歩を後押しするに足るものだったと想像します。

How you see us

侑   : I couldn't keep my eyes off that stage. / 私、夢中でステージを見て
侑   : And before I knew it, it was all over. / で、気がついたらあっという間に終わってた

せつ菜 : So is that how you see us, Yu-san? / 侑さんからはそんな風に見えているんですね

侑   : Huh? / え?

せつ菜 : We're only able to see the view from the stage. / 私たちに見えるのはステージからの景色だけですから

侑   : I see. / そっか

まえがきでも述べましたが、本放送時には気づいてなかったポイントについてここでも再度コメントしておきます。

このシーンはファンとアイドルとの違いを提示する箇所です。同じスクールアイドル好きでもステージの見方は一緒でないと語らせ、二人の世界が別々であることを確認しておくシーンですね。このあと侑ちゃんが新しいライブの形を提案し実現へ向けて動き始めますが、物語の中でそれに先駆けて前提を示しておくのは重要なことだと思います。

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

ここでは視覚も上手に使われています。同じ画面内の二人が分かれて*4 フレームに収まっていますよね。美しくて好きな構図です。

さて、それらを踏まえた上で英訳を眺めてみると、気になるのはせつ菜が言う侑さんの見ている場所、see の目的語 "us" でしょうか。その前の侑ちゃんのセリフ中で "that stage" となってたのを it(the stage のほうが適切かも)で受けず、わざわざ言い換えています。*5

we(us) は境界に線を引く言葉。あなた方 you とは違うんですよと暗に示す、示してしまう語です。このタイミングで "us" を出すことで、アチラとコチラの立場が分かれることを示唆しているのだとしたら、やっぱり上手な訳だと思うのです。

Surpass

出典:アニメ「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」第10話

侑  : I want to hold a concert that'll surpass the thrill I felt then. / そんなトキメキを生み出せるような、あの時以上のライブがしたい
侑  : Something that'll surpass all the boundaries of school idols and fans! / スクールアイドルもファンも、全部の垣根を越えちゃうような

  • surpass [動] (他) 1 〘ややかたく〙《能力・性質・程度などで》…よりまさる、優れている (excel)《in》 2 〈期待・理解など〉を越える、上回る (ウィズダム英和辞典 第 3 版)

最後は侑ちゃんの熱い演説から。ここは訳自体がどうのでなく私の勘違いのお話です。少しばかりお付き合いくださいませ。

「あの時以上の」の訳に surpass が当てられていて、なるほどこう使うのかと一つ賢くなった気でいたら、その直後に「垣根を越えちゃう」にも使われていて一気に混乱したんですよ。

語義を見るに surpass は「何か比較対象となる数値や基準を程度で超える」、または「何かの概念的な範囲から越えて(超えて)出る」動詞です。垣根のような「高さのある三次元的な物体を乗り越える」場合には使われないはずなのに、なぜ???  "jump over the barriers" とかじゃないの? と、ずーっと悩んでいました。

悩みに悩み抜いてやっっっと見つけましたよ。

原文の「垣根を越える」が問題なんですね。実際に乗り越える動作をイメージしてしまった私が間違いで、これは慣用表現であることを噛み締める必要があったんです。「垣根を越える」はこの場合「垣根を取り払う」とほぼ同義。「常識的には(従来の考え方では)隔たれている 2 つ(以上)の物を融合する」といった意味合いですね。

ファンという範囲、アイドルという枠から外へ飛び出すのだから surpass で間違いないはずです。訳は "go across the boundaries" 等でも問題ないでしょうが、直前の "surpass the thrill" を受けて同じ動詞を重ねたのでしょう。ようやく納得できました。

英語の勉強の前に、私は日本語を学ばなくてはいけないのかもしれませんね。ムズカシー。

Did you get permission

菜々 : Yu Takasaki-san, did you get permission to use this music room? / 高咲侑さん、音楽室の使用許可はとったんですか (第 3 話より)

せつ菜 : Did you get permission to use the music room? / 音楽室の使用許可はとったんですか

第 3 話と今回のエピソードからおまけです。とても瑣末なことでも、やっぱり気になりますよね?笑

*1:ここも敬語が外れていますね。

*2:個人の笑いのツボなんて明確に説明のつくものでもありません。それとこれとは別なのだと言われたら、それで終わってしまう話ですね。実際侑ちゃんは「ニャンニャン」に反応していませんでしたし。野暮なツッコミなどせず素直に楽しむのが正しい姿勢だと思います。

*3:多分、子供の頃に使っていた言い回しが頭に残っているからですね。「これ(ここ)とっぴ」とか言いませんでしたか。「これ(ここ)はもう私が『取った』からね」と周りに伝えるときに使うのですが。「とっぴ」ほど多くは使われてませんでしたが「やめぴ(もう止めた)」などもありました。「ぴ」は助動詞「た」と同じはたらきを持ち、かつ周囲に対する宣言に用いられる語だと思われます。ググって少し調べたところ、どうやら方言のようですが。

*4:この「垣根」はピアノの大屋根を支える突上棒だと思われます。

*5:英語では同じ単語は繰り返さず言い換えて表現するのが一般的です。ここもそれに該当しているのかも知れません。もしそうなら私の穿ち過ぎですね。